た。
ただ一人、教会に入れあげて微禄した名士に山賀侯爵がいる。この侯爵はまだ三十五、大そう頭の良い人だと将来を期待されていた人だが、別天王にこりかたまると完全なバカになった。もっとも侯爵夫人かず子が輪をかけての狂信者で、侯爵夫人にひきずられて次第に深間へはまったといわれている。
山賀侯爵はその宏荘な久世山の大邸宅をそッくり天王会の本殿に寄進してしまった。自身は、邸内の一隅にかねて弟達也の別居用につくっておいた質素な洋館へ引越し、わずかに残った株券で見る影もない生活をしている。弟達也は当年二十五、立派な青年紳士であるが、自分の住むべき家は兄貴に住まわれ、自分が割譲さるべき財産は兄貴に全部使い果たされ、やむを得ず兄の居候となって、不平満々の日々を送っている。天王会の本殿境内で唯一の異端者は彼であり、彼は天王会を目の敵にしていた。
さて、月田銀行頭取全作の妻まち子(当年二十七)は山賀侯爵夫人かず子の妹であった。姉妹は深堀伯爵家の生れであるが、深堀家は暦日天地の陰陽吉凶の卦を司る家柄で、風雨を意のままにするところから天神の怒りをうけて、代々男児は白痴に生れ、女児は非常に美人であるが、これ
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