マヤであった。
 新十郎は密森から明るい池の方へでて女中をよんで、
「ちょッとお嬢さんにおききしたいことがあるのだが、こちらへ来ていただいたものか、お嬢さまのお部屋へうかがったものか、御都合をうけたまわって下さい」
 月田邸へ到着するや、いきなりミヤ子に会いたいと云わなかったのは賢明の策。ミヤ子に会うのは主たる目的でも何でもないような様子を見せたから、それではおいで下さいと広間へ通された。ミヤ子は一同をむかえて、
「私に何の御用でしょうか」
「喪中にお騒がせいたしまして、無礼の段おゆるし下さい。今回はまことにおいたわしいことでした」
「いいえ、別にいたわしいことはございません。当家は別段喪に服してはおりません。変死人の死体は寺へ預けて一切任せてございます。兄は平常通り出勤いたしております」
「ヤ。そのような話は承っておりました。失礼ですが、お嬢さまは天王会の信者でいらッしゃいますか」
「いいえ。当家は代々法華宗を信仰いたしております。」
「これはお見それいたしました。天王会の赤裂地尊の祭日にお嬢さまが出席されておりますから、信徒とまちがえました。あの祭日の行事中、特にお嬢さまが御出席の
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