なかで三日にあげず神田などで本を買つてきた。友人達は呆れて、どうせ焼けるぢやないか、と言つたが、私は浪費せずにゐられぬ男なので、酒がのめなくなり、女遊びもできなくなり、本でも読む以外に仕方がないから本を読んでゐたので、私は然しどんな空襲のときでもその本を持ちだしたことはない。何一つ持ちだしたことがない。人から預つた人の物だけ出してゐた。
実際よく本を読んだ。みんな歴史の本だつた。ところが、その歴史が全く現実とひどく近くなつてゐた。見たまへ、第一、夜の光がないではないか。交通機関の主要なものが脚になつた。けれども、さういふことよりも、人間の生活が歴史の奥から生れださうとする素朴な原形に還つてゐた。酒だのタバコで行列する。割込む奴がある。隣組から代表をだして権利を主張する奴がある。権利とか法律といふものは、かうしてだんだん組織化されてきたのだらうと思つた。むかし「座」といふものがあつた。職業組合のやうなものであるが、さういふ利益をまもるための、個人が組合をつくつたり、権利を主張したりするその最も素朴な原形が、我々の四周に現に始まつてゐるのだ。空襲下の日本はすでに文明開化の紐はズタズタにた
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