ゐるヨタ者みたいの連中でも内心はみな自分だけ生き残ることを確信し、それぞれの秘策をかくしてゐる様子でもあつだ。
 私は生き残るといふ好奇心に於ては彼等以上であつた。たいがい生き残る自信があつた。然し私はトコトンまで東京にふみとゞまり、東京が敵軍に包囲されドンドンガラガラ地軸をひつかき廻し地獄の騒ぎをやらかした果に白旗があがつたとき、モグラみたいにヒョッコリ顔をだしてやらうと考へてゐた。せつかく戦争にめぐり合つたのだから、戦争の中心地点を出外れたくなかつたのである。これも亦好奇心であつた。色々の好奇心が押しあひへしあひしてゐたが、中心地点にふみとゞまることゝいふ好奇心と、そこで生き残りたいといふ好奇心と、この二つが一番激しかつたのである。死んだらそれまでだといふ諦めはもつてゐた。
 私は書きかけの小説を全部燃した。このためにあとで非常に困つたけれども、私はすくなくとも十年ぐらゐは小説などの書けない境遇になるだらうと漠然と信じてゐたので、燃した方があとくされなく、あつちこつち身軽に逃げて廻れると思つたのである。真夏ではあつたが、二度、原稿抵の反古《ほご》だけで風呂がわいた。
 私は空襲のさ
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