ぬいて自分の世界をつくりたいといふ希願が激しいのは当然でもあり、荒君は「石にかぢりついても」どんな卑劣な見苦しいことをしてでも必ず生き残つてみせるのだと満々たる自信をもつて叫んでゐた。荒君は元来何事によらず力みかへつてしか物の言へないたちなのだが、空襲の頃から特別力みだしたのは面白い。空襲に吠える動物の感じで、然しあんまり凄味のある猛獣ではなささうで、取りすまして空襲を見物してゐる私自身の方がよつぽどたちの悪い、毒性のある動物のやうな気がしてゐた。
平野謙が兵隊にとられたのもその頃のことで、彼も亦どんなことをしても玉砕しないで生きて帰つてくるよと育つてゐたが、私が彼を東京駅前で見送つて、くだらん小説を読むより戦争に行く方が案外面白いぜ、と言つたら、人のことだと思つて! と横ッ腹をこづかれた。尤も彼は要領よく軍医をごまかして十日目ぐらゐで兵営から放免されてきた。
ともかく彼等はそのころから言ひ合して敗戦後の焦土の日本でどんな手段を弄し奇策悪策を弄してでも生き残つて発言権をもつ立場に立たうといふことを考へてゐたやうである。尤も彼等は特に意識的にそれを言つてゐるだけで、国民酒場に行列して
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