残る」と確信し、その時期が来たら、生き残るためのあらゆる努力を試みるのだと力み返つてゐる。これほど力みはしなかつたが平野謙もその考へであり、佐々木基一もさうで、彼はいち早く女と山奥の温泉へ逃げた。つまり「近代文学」の連中はあの頃から生き残る計画をたて今日を考へてをつたので、手廻しだけは相当なものであるが、現実の生活力が不足で、却々《なかなか》予定通りに行かない。手廻しの悪い人間でも、現実に対処する生活力といふものは、知識と別で、我々文学者などゝいふものはイザとなると駄目なものだ。蒲田が一挙に何万といふ強制疎開のときは箪笥が二十円で売られたもので、これを私からきいた荒正人はすぐにも蒲田へ駈けつけて箪笥を買ひたさうな顔だつた。つまり彼は生き残る確信に於て猪の鼻息のやうに荒かつた。
私には全くこの鼻息はなかつた。私は先見の明がなかつたので、尤も私は生れつき前途に計画を立てることの稀薄なたちで、現実に於て遊ぶことを事とする男であり、窮すれば通ず、といふだらしない信条によつて生きつゞけてきたものであつた。佐々木君や荒君は思想犯で警察のブタバコ暮しを余儀なくされて出てきたばかりであつたから、生き
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