場が二時間の爆撃だから、先づザッと二十時間かと私は将来の爆撃にうんざりしてをり、そのそれ弾の一つや二つは私の家に落ちるものだと思つてゐた。
 したがつて私は昼間の編隊爆撃がこの工場地帯と分つたら五百|米《メートル》でも千米でも雲を霞と逃げだす算段にしてをり、兼々《かねがね》健脚を衰へさせぬ訓練までつんでをり、四米ぐらゐの溝は飛びこすことも予定してゐた。それほど死ぬことを怖れながら、私は人の親切にすゝめてくれる疎開をすげなく却《しりぞ》けて東京にとゞまつてゐたが、かういふ矛盾は私の一生の矛盾であり、その運命を私は常に甘受してきたのである。一言にして云へば、私の好奇心といふものは、馬鹿げたものなのだ。私は最も死を怖れる小心者でありながら、好奇心と共に遊ぶといふ大いなる誘惑を却けることができなかつた。凡そ私は戦争を咒つてゐなかつた。恐らく日本中で最も戦争と無邪気に遊んでゐた馬鹿者であつたらうと考へる。
 私は然し前途の希望といふものを持つてゐなかつた。私の友人の数名が麻生鉱業といふところに働いてをり(これは例の徴用逃れだ)私は時々そこを訪ねて荒正人と挨拶することがあつたが、この男は「必ず生き
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