ぎない。水の泡をつくれと云つても無理だ。尤も黄河の読書はたのしかつた。殆ど毎日のやうに私は神田、本郷、早稲田、その他至るところの古本屋を廻り歩いて本をさがし、黄河以外の支那に就ても書く為には読みすぎるほど読んだけれども、まつたく脚本を書く気持にはならない。硫黄島が玉砕し、沖縄が落ち、二ヶ月に一度ぐらゐ専務に会ふと、そろそろ書いてくれ、と催促されるが、もとより専務は会社内の体裁だけを気にしてゐるので、撮影が不可能なことは分りきつてゐる。けれども専務の関心が専ら会社内の形式だけであることが一さう私にはつらいので、ともかく月給を貰つてるのだから書かねばならぬと考へるが、さういふ義務によつて全然空虚な仕事をやりうるものではない。月給の半分は黄河の文献を買つてるのだからカンベンしてくれ、と私は内心つぶやいて私の怠慢を慰めてゐた。
私の住居は奇妙に焼残つてゐた。私は焼残るとは考へてゐなかつたので、なぜなら私の住居は蒲田にあり、近くに下丸子の大工場地帯があつて、こゝはすでに大爆撃を受けてゐた。受けたけれども被害はたつた一つの大工場とそのそれ弾の被害だけで、まだその外に十に余る大工場がある。一つの工
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