うに力をこめて「石に噛りついても」といふ確信の根拠が信じられないのだ。つまり荒君は非常に現実家のやうだが、根柢的には夢想児なので、平野君とて、やつぱりさうだ。俺だけは玉砕せずに手をあげて助かつて帰つてくる、といふ、ひどく現実的な確信のやうだが、戦争といふ全く盲目的、偶然的、でたとこ勝負の破壊性のこの強烈巨大な現実性を正当に消化してゐない観念的な言葉のやうな気がした。こつちの意志だけではどうすることも出来ない現実である。
戦争の場合だけではない。だいたいに荒君らが考へてゐる人間への映像が甘すぎるのだと私は思ふ。つまり魂のデカダンスと無縁なのであり、人のことを考へるが、自分自身の魂と争ふことがないのだと私は思つた。先のことを考へても、本当に今の現実と争ふこと、つまり現実と魂とが真実つながる関係がないのである。
私は女のハリアヒのない微笑の上から、いつも荒君の歯ぎしりを思ひだし、敵が上陸して戦争が始つてから、荒君がどんなことをやるか、をかしくて仕方がなかつた。幸ひ上陸が行はれず思ひがけない結末がきて、荒君は予定通りの計画に乗りだしたけれども、この結末の方が偶然で、本当の現実は「石に噛りつ
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