めのない話ばかりである。第一、女自身、何を喋つてゐるのだか、鼻唄をうたつてゐるのと変りがなくて、喋らないわけにも行かないから、何となく喋つてゐるだけのことなのである。私が又、まつたく同様であつた。むしろ言葉の通じない方がどれくらゐアッサリしてよろしいか分らないのだ。
女の顔はいつも笑つてゐる。ひどく優雅で上品な顔なのだが、よくまアこんなにハリアヒのない心なのだらう、と、私は女の笑ひ顔を見ていつもそればかりしか考へないが、女は又馬耳東風でたゞ笑つてゐるだけのことである。
「黄河の脚本、かいた?」
「書かないよ」
「なぜ?」
「書く気にならないからさ」
「私だつたら、書く気になるけどな」
「あたりまへさ。君はムダなことしかやれない女なのだ」
女は馬耳東風だ。たゞ、相変らず微笑をうかべてゐるだけ。人の言葉など、きいてやしないのだ。何も考へてゐないのだ。
私は然しその魂をいぢらしいと思つてゐた。どん底を見つめてしまつた魂はいぢらしい。それ以外には考へられない当時の私であつた。
だから私は荒正人や平野謙を時々ふいに女の笑顔を眺めながら思ひだしてゐた。特別私が忘れないのは荒正人の「石に噛《
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