てゐなかつた。そしてたゞ快楽のまゝに崩れて行く肉体だけがあつた。
「あなたはむづかしい人だから、あなたと結婚できないわ」
と女はいつも言つた。さうだらう、女にはハリアヒといふものが心にないのだから、多分、多少とも物を考へる男の心が、みんなむづかしく見えて、なじみ得ないのであらう。女はひどく別れぎはが悪くて、停車場まで送つてやると、電車がきても何台もやりすごして乗らず、そのくせ、ニヤ/\してゐるばかりで、下駄でコツ/\石を蹴つたり包みをクル/\廻したりしながら、まつたくとりとめのないことを喋つてゐる。さうかと思ふと、急にサヨナラと云つて電車に乗つてしまふ。何も目的がないのだ。
この女はたゞ戦争に最後の大破壊の結末がきて全てが一新するといふことだけが願ひであり、破壊の大きさが、新たな予想し得ない世界への最大の味覚のやうであつた。
女は私の外に何人の恋人があるのか私は知らなかつた。私一人かも知れなかつた。時々風のやうに現れた。私は訪ねなかつた。
「あなたのところ、赤ガミが来ないのね」
「こないね」
「きたら、どうする」
「仕方がないさ」
「死ねる」
「知らないね」
凡そ愚劣な、とりと
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