。人は骨董や美術や風景を愛すけれども、私は美しい人間を趣味的に愛してゐるので、私は人間以外の美しさに見向きもしないたちなのだ。
そして、さういふ美しさを愛す私も、やつぱり単に悪魔的で、悪魔的に感傷的であるにすぎなかつた。私はあとは突き放してゐるのだ。どうにでも、なりたまへ。私はたゞ私の一瞬の愉快のために、あなたを喜ばせ、びつくりさせ、気に入られようとしてゐるだけだ。尤も、気に入られる代りに薄気味悪く思はれるかも知れないが、それはどうでも構はないので、私はたゞ私自身の満足があるだけでいゝのである。
私は全然無意味な人にオゴつてやつたり、金をやつたり、品物をやつたりする。さういふ気持になつたとき、その気持を満足させてゐるだけのもので、底でこれぐらゐ突き放してゐることはないのである。これはまつたく悪魔の退屈なので、あの青年に宿をかし得なかつた如き、私は元来、時間的にやゝ永続する関係には堪へられないといふ意味も根強いのであつた。
女は晴着のモンペをつけてアヒビキにでかけてくるくせに、魂には心棒がなく、希望がなく、たゞその一瞬の快楽以外に何も考へてゐないだらしなさだつた。何のハリアヒも持つ
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