ある。なぜなら、悪魔には、希望がなくて、目的がないのだ。悪魔は女を愛すが、そのとき、女を愛すだけである。目的らしいものがあるとすれば、破壊を愛してゐるだけのことだ。
 私は美しいものは好きである。あるとき食堂の前で行列してゐたら工場からの帰りの上品なお嬢さんが「食券がいるのでせうか」と私にきいた。戦争といふものがなければこんな苦しみを知る筈のない娘であつた。私は困惑する娘に食券を渡して逃げてきたが、私は時々かういふオッチョコチョイなことをやる。何も同情する必要はないではないか。一人の人への同情は不合理なものであり、一人の人へ向けられる愛情は男と女の二人だけの生活のためにのみ向けられるべきである筈である。さもなければ、あらゆる女に食券をやるべきだ。あの可愛い娘は空襲で死んだかも知れず、淫売になつたかも知れない。それはあの娘自体が自らやりとげ裁かねばならぬ自分だけの人生なので、私の生活とその人の生活と重なり合ふものでない限り、路傍の人であるのが当然で、キザな同情などは止した方がよろしいのだ。気の毒なのは人間全部で、どこに軽重がある筈もない。
 けれども私は駄目なので、これは私の趣味であつた
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