せられたやうにして一つの卓子と数脚の椅子らしい破れたものが置かれてある。
 私が此処へ通つたのは丁度一冬の間、秋の終りから春にならうとする寒い一季節の間であつた。私は此の隅にうづくまつて暫く一人で待たされる間、重苦しさで身動きも懶い気持になるのであつた。すると此の部屋は痛々しい硝子張りの窓ばかりだが、それを通し、何もない庭の土、鈍重な冬の光を冷え冷えといぶしてゐる黒く侘しい土肌と、それを越えて一棟の病室が覗かれ、檻の中では病人達の蠢めく様が眺められた。彼等は演説をしたり、けたゝましい笑声を発したり、呂律の廻らない破れさうな流行唄を喚いてゐる。私は此処へ坐らされた瞬間からもう煙のやうな私、掴まへどころのない憂鬱と不安とに怯えきつて縮んでゐた。時々この広々とした板の上を白い看護婦達がスリッパを鳴らして通るのだが、私は眼を上げる気力さへ失ふて今にも消滅するやうであつた。
 春が近づいた頃私は辰夫の令兄から甚だ感傷的な、それはまるで小女雑誌の投書のやうな長文の手紙を受取つてゐた。それから一週間もして、辰夫は退院することが出来た。辰夫はある私鉄の改札掛となつて、間もなく遠方へ越して行つた。

 
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