脈絡もない囈語を喚いてしまつたりした。
「僕は本当のことを君に言ふが、僕は嘗て君に友情を抱いたことは一度もない。此処へ来るのも自分の打算から来るのであつて――」
 そして私は、実は私は受付の看護婦に惚れてゐるから此処へ足繁く通ふのだと、之は確かに出鱈目であることを保証するが、斯様なことを喚いたりしたのであつた。すると辰夫は此等私の無礼極まる言説にも寧ろ益々粛然として、深い自卑と羞らう色を表はして項垂れてしまふから、私は取りつく島もない自卑のあまり前後不覚に狼狽する次第であつた。
「あゝ! 俺は実に悪者だ……」
 私が斯様に断末魔のやうな呻きを最後に発すると、辰夫は漸く私の腕をしたゝかに握つて泪を泛べ。
「本当に君に済まない。君のやうな善良な友達を斯んなにも苦るしめて、僕は怎《ど》うしていゝか分らない……」
 その詠歎を終りとして、私達は暗然と項垂れ合ひ、扨て私は窓の外へ目を逸らして、今にも空気にならうとする私の身体を感じつゞけてゐた。
 この病院の面会室は本来は講堂と称せられる所で、舞台なぞも設けられた二百畳もある程の板敷の部屋であつた。その広々とした部屋の隅に、まるで冷めたさに吹き寄
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