共に語りたいとするのであつた。彼奴《あいつ》は発狂の当初|妾《わたし》を殺さうとしたとか、今度彼奴が娑婆へ出たら本当にしめ殺されて了ふ等とゾッと顫え乍ら、又急に私の顔を眺めてニヤ/\と冷笑を送つたりする。私は仕方がないので、「どうもお気の毒です」とか、「ごもつともです」と至極丁重にお辞儀をして、その日はそれなり帰るのである。私は斯んなに頼りない男であつた。
私は辰夫に、昨日は多忙で君の家へ廻れなかつたと佯《いつわ》りを言はねばならなかつた。併し毎日頼まれるので、私も根気よく毎日辰夫の母を訪ねた。すると此の女《ひと》は私の根気に癇癪を起して日毎に私への軽蔑を深め、若し私が、「いや、辰夫は明らかに全快してゐます」等と言ふならば、忽ちギョッと怯えた様をして、私も亦辰夫と共に精神に異常があるのだと頻りに疑ぐり出すのであつた。それにも拘らず私は随分根気よく彼処へも通つた。そして私は当然拒絶を承知した諦めのいゝ集金人のやうに、その頃私は仏教を勉強する堕落生であつたが、さながら魚のやうに機嫌よく街を泳いで埃を浴びてゐた。そして私は先づ門口に立つて店にゐる老婦人を見出すと、極めて愛想よくニヤ/\し乍
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