ひどく似寄つた先例まであるのであつた。だから颯爽の先生はまつたく落付払つてゐて、立候補の名乗りひとつで忽ち代議士になれるぐらゐに満々たる自信をいだいてしまつたのである。
この先生の趣味として、この先生はオデンヤなどでチビリ/\と大酒飲んでゐることは嫌ひであつた。四畳半も性に合はない性質だつた。そこで寂念モーローの先生が一秒でも長く徳利のそばに坐つてゐたい思想であるのに、この先生は無理無体に寂念モーローの先生をオデンヤから引ずりだして、巴里風の酒場へしけこむ習ひであつた。
そこは言ふまでもなく電髪の婦人がゐて、ショパンもジャズも鳴りひゞいてゐる。
けれども、寂念モーローの先生は、かういふ所へ現れても、やつぱりどうもどこ一つとして颯爽とした素振りを見せない。やうやく此処へ辿りつく頃には常に益々モーローとして、一番手近かなソファーを見つけて忽ちグッタリのびてしまふ。けれども場所柄に順《したが》つて、ひとりの電髪婦人を膝の上にのせてゐる。電髪婦人も数あるうちには性来モーローとして無口の婦人もあるのであつたが、男の膝の上に乗つかつて二時間も黙つてゐるのは既に性質の領域でなく悟道に関する問題
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