である。だから、アラ煙草の灰が落ちたわよ、とか、何かしら喋らずにゐられない。けれども寂念モーローの先生は、凡そ天地に生あるものは運動するといふ法則を忘れて、瑜伽《ゆが》の断食行者にしては少々だらしなくノビすぎて全然化石してゐるのであつた。
 ところが、颯爽の先生は、これは又、忙しい。彼は四五人の御婦人を周囲に侍らせ、談論風発、間断なく喋つてゐる。さうして、時々、ビール瓶が鳴り響くほど、カラ/\と笑ふ。さて周囲の御婦人にビールを差し、その都度、プロヂットとか、チェリオとか、乾盃し、多忙である。と、隣席の客をつかまへて迎へうち、自分の席へ拉し来り、又隣席へ割りこんで、談論風発、カラ/\と笑ひ、ビールをつぎ、プロヂット、チェリオ、間断なく乾盃してゐる。
 彼の乾盃の相手にならない唯一人の人物といへば、それはたゞ寂念モーローの先生であつた。
 寂念モーローの先生と颯爽の先生と、この二人がどういふわけで連立つて酒を飲みに行くのであらうか。世の中には色々と解き難い謎がある。友情とは何か。握手も乾盃も会話も不必要な無関心。さうかも知れない。握手だの乾盃だの会談などゝいふものは赤の他人か仇同志のするこ
前へ 次へ
全17ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング