酒屋の軒先一足這入つた所でポカンと立つて、犬がおあづけをしてゐるやうな恰好で、小僧がコップに酒を汲むのを待つてゐる。あれだけは止せばいゝのに、と大勢の生徒の中には(これもみんな坊主である)変に力瘤を入れながらヤキモキする奇特な味方もゐるのであつたが、かういふ純粋な友情も寂念モーローの先生には通じる筈がないのであつた。
 ところが、この先生にも相棒があつた。相棒と呼んで悪ければ、親友と言ひ直しても差支へはない。
 これもこの大学校の先生で、だからやつぱり元来坊主で、仏教史を受持つてゐる。齢はこれも三十七八といふところだが、これは又見るからに颯爽として、これが坊主の先生だとは誰の目にも分らない。常々リュウとした流行の背広服を着用に及び、大股に風を切つて颯々と歩き、胸のポケットからハンケチをとりだして指先でいぢくりながら、ダンスホールへ急ぐやうに教室へ駈けこんでくる。
 何を覚えてきたのだか確かなことは分らないが、とにかく外国を一まはりして来たこともあつて、坊主に関することだけしか知らないなどゝ考へては、大変失礼なことになる。
 ところが、この先生は近頃思想が変つてきた。といふのは、誰の話に
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