のまはりだけいくらか薄赤くして、講義にとりかゝる前に三十秒ぐらゐ椅子にもたれて、ぐつたりしてゐる。コップ酒を三杯ぐらゐ傾けて来たのであるが、この先生は酒の勢をかりて不当に颯爽とするやうな原始的な素質がない。いつもたゞ樽のやうに響きがなくて、寂念モーローとしてゐるのである。
この大学校の学長先生や、その親分の管長猊下に愛妾があるとか、涼しい頭にソフト帽子をのせて待合などゝいふ所へもお経とは別の用事で出掛けるとか、とかく俗人共は高潔な人格にケチをつけて喜びたがるものではあるが、俗人共がケチをつけて溜飲を下げてゐるぐらゐであるから、誰もほんとに見たといふ者はなく、誰かゞほんとに見たといへば、誰かがマサカと思ふのである。だから高潔な人格は待合の門をくゞり、その尊厳は微動もしないといふ鉄則の下に置かれてゐる。
このやうな高潔な人格が轡を並べて揃つてゐる大学校では、寂念モーローの先生が、たつたひとり、実にみすぼらしくて、惨めとも言ひやうがないほど気の毒なぐらゐ目立つのだつた。黄昏が来て、さてオデンヤでおもむろに傾けるのは兎に角として、婆羅門奥義の解説を早目に切上げてモーローと姿を消してしまふ。
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