、わづか四五人の家族相手に、せいぜい百人ぐらゐの知人を相手に、身につかぬ演技をして、贋の一生をすりへらした父。今となつても、まだ、死花などゝ言ひだして、うけに入つてゐる。ばか/\しいのである、けれども、ふとつた膝の上にのつかつてゐる小さな握り拳などを見て、ふと、父がいとしくなるとき、平凡で、小胆で、気の弱い父、とても可哀さうになつてきて、ひと思ひに、死花を咲かせてやりたいと思ふことが、時々あつた。
 思ひきつて、大きなことをやりなさい、家も、財産も、名誉も賭けて、みんな粉微塵にしてしまひなさい。ひと思ひに……時々、波子は、そんな風に叫びたくなつた。

       四

 あるとき、食事の最中に、やつぱり死花のことで言ひ争つて「もう、孫のできる齢ぢやありませんか。年甲斐もない」母が叫んだ。父も母も、それきり黙つてしまつて、重たい食事を運んでゐる。
 波子だけは平然として、二人の顔をチラチラ見ながら、然し、母に腹を立てゝゐた。
 孫ができる――孫なんか、できるものか。誰が、遠山なんて、朴念仁と結婚してやるものか。
 その日、食事を終へて、外出する父に着代へさせたのは、波子であつた。波子は
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