波子
坂口安吾
−−
【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)異体《えたい》
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)チビ/\と
−−
一
「死花」といふ言葉がある。美しい日本語のひとつである。伝蔵自身が、さう言ふ。さうして、伝蔵が、死花を咲かせるなどと言ひだしたのは、波子の嫁入り話と前後してゐた。
五十をいくつも越してゐない年であるから、まだ、死花には早やすぎる。けれども、芝居もどきの表現が好きな父で、その一生も芝居もどきでかためてきたから、うつかり冗談だと思つてゐると、いつ、何をやりだすか分らない。けれども、波子は、ばからしかつた。やる気なら、黙つて、さつさとやりなさい、と思つた。
母も、やつぱり、ばからしがつてゐると見え、苦笑しながら、父をたしなめてゐる。けれども、母は、やがて、泣きだしさうな顔になつたり、失笑したり、表情を失なつてしまつたりする。すると、伝蔵は、怒つたやうな声になる。先に黙つてしまふのは、母であつた。
それを見物してゐる波子は、母が気の毒だとは思はずに、父が可哀さうになるのであつた。年寄
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