、着代へさせながら、父に言つた。
「死花つて、何をするつもり」
「…………」
 父はふりむいて波子を見たが、そこに「女」の笑顔を見ると、狼狽した。伝蔵の眼は、怖しく、光つた。
「いゝのよ。教へてくれなくとも」波子は甘えた。「だけど、パパ。思ひきつて、やつちやつて……」
 波子は、自分では気付かずに、眼が、ギラギラ光つた。
「私のことなら、かまはないわ。文なしになつたつて、私は、平気よ」
「馬鹿」
 父は、喋れた声で、波子の方を向かずに、叱つた。さうして、ひどく不機嫌になつて、出がけに、母に当りちらして、行つてしまつた。
 伝蔵が腹を立てたのは、ひとつには、自信がなかつたせゐでもあつた。子供の時から、小心で、これといふ大きなことには、どうしても決断のつかない性分だつた。人並以上のことを時々やりかけて、いつも、自信がなかつたのである。
 長男を北アルプスで失つて、心気一転、風流三昧の生活をはじめたのも、積り積つた失敗と悔恨の数々が、もはや、堪へがたい時だつたのだ。息子の遭難が、丁度いゝキッカケとなり、彼を救つてくれたのだ。なんとかして、足を洗はなければならない時であつたのだ。お前のおかげで
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