すみ見るのである。まさか、御返事はなさいませんでしたでせうね。さうしてひとりごとゝもつかず、波子の結婚をきめてからにしていたゞきたいものですね、と言ふのだ。
我、木石に非ず、であつた。あの鉱区を買へばよかつた。伝蔵は、ふと、思ふ。とにかく、実地に調べるだけは、調べてみればよかつた。……だが、それを顔色にも出しはしない。然し、葉子は、知つてゐる。どうせ、それぐらゐの所だらう、と呑みこんでゐるのである。一目見て、ゾッとするやうな眼付ですこと。きつと、油断のならない人ですわ。葉子は、さういふ言葉をつけ加へて、自分の不賛成を明にする。
ひと思ひに……伝蔵は、時々、考へた。だが、いつも、勇気がなかつたのだ。さうして、常に、自信がなかつた。昔も自信は、なかつたのだ。けれども、昔は、色々のことをした。まるで、夢のやうである。今は、もう……瘋癲人としてすら、老いさらばひ、衰へきつてしまつた。
「今更、事業だの政治だの、齢を考へてごらんなさい」と、葉子は言ふ。「成功する人なら、とつくに名をなしてゐなければならない筈です。私は、平凡で、たくさん。今更、あなたに、名をなしていたゞいたり、財産をふやしてい
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