就て、考へる。もし、人生に、たつたひとつ、狂ひのないものがあるとすれば、それは平凡だけである。あとはみんな、狂つてゐる。けだものである。瘋癲《ふうてん》病者と同じことだ。
だから、波子の拒否がどのやうに激しくとも、遠山青年をあきらめることができなかつた。波子は何も知らないのだ。どのやうに思ひつめて遠山青年を嫌ふにしても、その根拠は凡そ薄弱な筈である。波子自身の将来のために、危険ではあつても、利益ではない。
然し、思ひつめて、自殺でもしたら。――伝蔵は、そこまで考へて、うんざりする。長いものには捲かれろ式の気持となり、波子の意志を汲むよりほかに仕方がないと思ひはする。けれども、再び、平凡に就て考へて、遠山青年の平々凡々そのものゝ風貌に思ひ至ると、どうしても、あきらめきれなくなるのであつた。
伝蔵自身の一生も、平凡ではあつた。大極から見れば、平凡そのものゝ一生と言ふよりほかに仕方がない。然し、それですら、多くの波瀾を孕み、無数の瘋癲人を孕み、さうして、多くの波瀾と無数の瘋癲人を押しつぶして、やうやく、平凡であり得たのだつた。妾も、何人となく、つくつた。株に手をだして、失敗もした。政治
前へ
次へ
全38ページ中31ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング