める。実際、父を、みつめた。いつまでも、みつめた。
伝蔵も、波子を、みつめる。然し、荷のすぎた努力である。彼はたうとう、眼をとぢてしまつた。
波子は、答ふべき言葉が、分らなかつた。問題は、このやうな話の持ちかけ方によつて左右さるべき性質のものではない。それだけは、分るやうな気がした。答ふべき言葉が分らぬ以上、伝蔵が何を言つても、黙つて、かうして坐つてゐよう、と決心した。もう、いゝ、と父が言ふまで、いつまでゞも坐つてゐる。そのうちに、答ふべき言葉が見つかつたら、返事をするまでの話である。
どれぐらゐの時がすぎたか、こんな稀代な場合にのぞんで、とても時間の測定などは及びもつかない。五分だか、二十分だか、とても分らぬ。御先祖御一同様が、どんなお顔で御覧になつてゐるだらうか。波子は、まつたく、がつかりした。
丁度いゝぐあいに、そこへ女中がやつてきて、楠本の来訪をつげた。なるほど、玄関の方に当つて、罷りいでたるは/\、と唸る声がきこえてゐる。
女中の取次をうけて後も、伝蔵は、しばらく、身動きもしなかつた。こゝが大切なところである。伝蔵は、それを考へてゐたのであらう。と、再び、彼は平伏し
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