のである。眼玉を大きく見開かうとする意志と、開かせまいとする志向と、二つのものが入りみだれてゐる証拠には、たうとう半眼に釘づけになる。けれども、大いに波子を睨みすくめる心掛けでゐるらしい。やがて、万策つきはてるのは、分りきつてゐるのである。あなた、だの、あります、だのと、敬語を使つて、いつたい、何事をやりだす目論見なのであらうか。
と、伝蔵は、突然、ピタリと、両手をついた。驚くべし。娘に向つて、敬々《うやうや》しく、頭をたれたのである。そればかりではなかつた。頭を畳にすりつけて、殆んど一分間ぐらゐ、平伏してゐる。
「どうか、遠山さんと結婚して下さい。父の一生の、お願ひです」
父は、平伏しながら、叫んだ。ふりしぼつたやうな声だつた。まさか、泣いてゐるのではないだらう。
波子は危く噴きだすところであつたが、然し、実際、冗談もひどすぎる。母が見たら、泣くであらう、と波子は思つた。いつたい、これは、どう始末すべきものやら。手のほどこしやうもない。まさかに、父は気が違つたのでもないだらう。
伝蔵は頭をあげた。波子は、こまつた。どんな顔付をしたら、いゝのやら。仕方がない。黙つて、父を、みつ
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