のちやうど中央に坐を構へて、波子のくるのを待つてゐた。臍のあたりで指を組んで、坐禅といふ構へである。波子が顔をだして挨拶すると、頷いて、それから、しばらく、目をとぢてゐた。坐れ、とも言はない。目をとぢてはゐるが、別に、むつかしい顔でもない。泥鰌髭が笑つてゐるやうなたあいもない顔である。
「何の御用」
 波子は、うんざりして、再び、きいた。壁にもたれて、庭を見ながら。
 伝蔵は目をあけた。と、急に、モゾ/\と立上つて、いつになく荘重な顔をしながら、
「ちよつと、来てくれ」
 波子をともなつて、幾つか部屋を通り、仏間へ来た。おや/\。これは、お芝居が深刻なことになつた、と、波子はなかば観念した。
「ちよつと、こゝへ坐つてくれ」
 波子を坐らしておいて、伝蔵は仏壇の扉をあけ、燈明をともし、数珠をつまぐり、ピタリと坐つて、しばらく念誦してゐたが、それを終つて波子の方に向き直つた時には、まつたく重々しい顔付に変つてゐた。伝蔵は、先づ、肚に力をいれ坐り方を吟味した。
「御先祖御一同様の前で、あなたに頼みたいことがあります」
 伝蔵は、かう言つた。言葉の重大さに調和する顔付を崩すまいと、苦心してゐる
前へ 次へ
全38ページ中23ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング