をまつてゐる。
 波子は、ふと、父に就て、考へ直した。ふだんは至極ザックバランな、悟りきつた外面を見せながら、いざ、事に当ると、小心で、不鍛錬な肚の底をのぞかせる。今迄は、波子と父との関係では、不鍛錬な肚の底を見せられるほど重大な事に当つた例がない。だから、外面の呑みこみの良さに気をよくして、これが父だと思ひこんでゐたのであつたが、軽率きはまることであつた。父は小心翼々として、執念深く、煮えきらない人である、と波子は気付いた。
 私の意見に不服なら、自分の意志を押しつければいゝ。その方が、どれだけハッキリして、清々するか分らない。波子は思つた。私は私で、私の意志を、ハッキリ、押通すだけの話だ。――
 それにしても、趣味の生活に生き甲斐を見てゐる筈の伝蔵が、何ひとつ道楽のない青年を、青年の中の宝石のやうに言ふ意味が、波子には、呑みこめなかつた。
 羽目を外すこともできる人、けれども、限度をわきまへてゐる人、さういふ人が好ましいのだ、と、波子は父にハッキリ告げた。
 ある日。母がゐない日であつた。女中が波子を呼びに来て、旦那様がお呼びです、と言ふ。波子は、父の書斎へ行つた。
 伝蔵は、書斎
前へ 次へ
全38ページ中22ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング