も、吹いてゐる。……

       六

 遠山青年の最後の話をもとめられたとき、波子は、両親に、堅い拒絶を表明した。
 酒・煙草ものまなければ、映画を見たがりもしない。会社のほかに、何ひとつ、これといふ道楽を持たないといふこと――母が、それを、世に稀な美徳として推奨するのは無理もないが、一生を道楽ですりへらしてきた父が、本気でそれを賞美し、推奨してゐようとは、波子は信じることができなかつた。
 父がこの縁談に乗気なのは、娘をもつ父親のかういふ話に処すべき一応当然な態度にすぎなくて、底を割れば、もつと寛大な、融通もきゝ、冗談もまぢつてゐると思つてゐた。あんな謹厳居士、とても私の性に合はないわ、と言へば、アッハッハ、さうか、と言つてそれで済んでしまふことだと思つてゐたのだ。
 だが、伝蔵は、むしろ母よりも、執拗だつた。波子の拒否を受けとると、最も諦めわるく、最も煮えきらぬ態度で、応じたのである。
 厭なら、厭でなくなるまで、いつまでゞもかうしてゐるぞといはぬばかりの、底に執拗な心をかくして、何かといへばチク/\とそれにふれる。凡そ割りきれぬ肚の底を、さりげない顔につゝんで、いつも、時機
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