五
伝蔵のお供で、母と三人、京大阪から中国九州まで食べ歩いたとき、波子は家族といふものに就て、この人生の、いや、地球の土台のやうな心棒が、案外たよりない足場のうへに出来上つたグラ/\した安普請のやうな気がして、ふと、一番だいじな信念をなくしたやうな気持になつた。
人生に疲れといふやうなものがある。さういふ魔物めく実体を、その時まで、知らなかつた。
波子は、家庭といふものに就て、自分がこれから結婚し、さうして作る家庭。それに就ては、不安もあれば、希望もあつたけれども、自分が生れ、さうして、育つた家庭。これは、まつたく、別のものだ。それは地球の自転のやうに、意識することも疑ることも不可能な、微動もしない母胎だと考へてゐた。
この家族が、幸福かどうかは、とにかくとして、平凡ではあるが、平和であると考へ、いや、考へもせず、これは、ただ、かういふものだと信じきつて、疑はなかつた。
考へてみれば、家族づれの遊山《ゆさん》といふやうなものを、この家族は、殆んど経験したことがなかつた。ピクニックも、芝居見物も、先づ、三人そろつて出掛けたといふことは、殆んどない。
波子は、自分だけ、
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