認めたジイドにとって尚も最も重大な問題であるとともに、ソヴエートの実状に就ては全く無智であり、また制度の人間に与える革命的な役割に就ても彼のように確信のもてない我々の文学にとっても、矢張り最も重大な問題であろう。要するに共産主義的習慣もありうるのであって、文学は常に習慣と闘うこと、人間の再発見に努めること、このことは如何なる時、如何なる場合に於ても変りはないだろうと思う。そうして斯様な立場から文学に精進するところの作家にとっては、その静寂にして苛烈な内的闘争の永遠な懊悩に比べたなら、ジイドが示したような転向は極めて有りうることで些かも特殊な事情ではない。併し、このことが日本の多くの転向作家に当てはまるであろうということを私は全く肯定しない。
わが国では新聞雑誌に書きたてる非常時のかけ声に拘らず、我々の生活には目立った変動が全く起っていない。又このかけ声から我々の感情や性格なぞに大きな影響があろうとは今後も予想することはできない。大体が社会状勢の変化から人間そのものが革命的な影響を受けるなぞということは、従来の世界史に殆んどその例が見当らないように極めて稀有なことであろう。まして根ざす
前へ
次へ
全18ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング