山の登り口の侘しい町で降りた。駅前のタクシーに黒滝行きをたのむと、運転手が頭をかいて、
「今日はバスが運転中止でしてね。雨が降るとバスが通れなくなるんですよ。だからハイヤーもムリなんですがね」
「せっかく東京から学術調査に来たんだからムリしたまえよ。こちらは考古学の大先生、この御婦人が助手で、ボクがチンピラ弟子のカバン持ちさ」
出発前に旅行中の身分を定めてきたのである。万事ロマンチックにいこうという精神であった。
「そうですか。そういうお方なら、この土地のためですから、やりましょう。しかし、黒滝まではハイヤーは登れません。バスの終点から四キロぐらいまでは登れますが、あと一キロほどは歩いていただかねばなりません。相当の山道ですよ」
バスが運転中止というだけあって、大変な悪路であった。バスのタイヤの跡が一尺以上めりこんでいる。車の速力よりも歩く方が速いところが何箇所もあって、そのたびに先廻りして自動車を待ったり、後を押したりしなければならない。車の行ける限度まで登ると、そこからは瞼しい山道を谷底へ向って下るのである。
「二三丈の大蛇かムカデでも現れそうな道だね。こんな大荷物を背負ってく
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