泉。関東のさる名山の山中深きところである。その温泉の海抜は七百九十何メートルとある。その附近の山中からは非常に多くの巨大な石器が発掘発見されている。その巨大なこと。大きな石ウスとか、舟の形をしたものとか、または何用に供したかワケの分らぬ巨石とか等々々。また、あたりは無数の瀑布にかこまれ、大なるは二十余丈、また底の知れないホラ穴もあるし、集団的な古代人の居住趾もあるらしい。それらはいつの頃か無名の人々に発見されたままで、学界にかえりみられもせず、名のある人に調査されたこともない。一知半解のウンチクも馬脚を現す心配がないばかりか、ことによると、彼ですらも何かの新発見ができるかも知れない処女地のようであった。
一夫もそれをきいて、よろこび、
「温泉旅館は必ずあるんでしょうね」
「そのあたりには霊泉が散在していて、各々旅館はあるらしいよ。ただ、自炊客を主とす、と書かれている」
「それじゃア、ウィスキーや御馳走をウンと持ちこみましょう。ロマンチックにやりましょう。ウンと気分をだして下さい」
いろいろ用意をととのえ、黒滝温泉に向って出発した。
原始の宿
国鉄から私鉄に乗りかえて
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