なもの、拾って喜んでいたくせに」
「見よう見マネでいくらか興味を持ったことがあるだけだよ」
「それだけあればタクサンですよ。さッそく旅行の目的地をきめて下さい。あまり遠くなくて、しかし、原始的な大自然の中の、しかも温泉があれば何よりですね」
 梅玉堂は内々大そう嬉しかった。倅の奴、アプレの手に負えないノラクラ大学生だと思っていたが、大そう親思いの孝行息子じゃないか。とにかく、よくやった。この絶好機に初音サンの心を捉えなければならない、と心に期して、その夜は明方ちかくまで旅行案内書や地理歴史考古学等の書物をひッくりかえした。
 家業は人まかせで生涯のヒマ人だから、競馬もやる、釣もやる、絵や文学にもこる、たしかに考古学なぞにもチョッピリ興をいだいたりもした。何から何まで一知半解であるが、チリもつもれば何とやらで、一知半解のウンチクは頭にあふれ、書物は書斎にあふれている。あれでもない、これでもない、と寝もやらず探すにはオアツライ向きにできていたが、神様もその心根を憐れみ給うたのか、明方ちかくなって、
「これだ。これがいい!」
 と膝を打って叫ぶようなのが見つかったのである。それが運命の黒滝温
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