のではないか。そのときは自分はこのままこの場所でミイラになろうと考えた。しかし、次第に腹が減ってきたりしたときに、あくまでここに踏みとどまってミイラになる覚悟があるかということを疑った。二十三貫五百の巨体が息をひきとってミイラになるまでには少くとも二ヵ月ぐらいは虫の息でいなければならないだろう。辛いことだと考えた。初音サンには悪いけれども、ここでミイラになれそうもないというのが悲しい幻想の結論であった。
「なんて変テコな幻想だろう。たぶん大自然が与える幻想だろう」
 まことになつかしい大自然。実に完全な、おどろくべき暗黒であった。そして身にせまる岩と清水の気配の厳しさ。
「お待ちどうさま」
 初音サンが戻ってきた。
「まッくらで、淋しかったでしょう」
「ここでこのままミイラになりそうな気持でしたよ」
「これが本当のクラヤミね。そして、クラヤミがこんな生命力にあふれているなんて、すばらしいわ。人間の死後がこうかしら。私ね。ふッと運命ということを考えたわよ」
 お握りジイサンは先に立って降りて行った。初音サンは梅玉堂をひきとめて、ジッと山間の中に立ち止っていた。そして、ささやいた。
「私、
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