えだよ。滝のうしろに水の当らねえ隙間があるだよ。そこへ行って、用たしてるだよ」
「なアンだ。用たしに行ったの」
「そうだとも。タシナミのいい娘でなア。日本一の便所見つけただよ」
滝壺の二人の男女は水の精のように、もつれたり抱き合ったりしている。いつまで続くかキリもないらしい。娘の排泄物はまだそのへんを滝にまかれてグルグルさまよっているかも知れぬが、一夫は知らないらしい。
「まったく、大自然そのものだ」
梅玉堂は歩きだした。さて、これからが大変なのである。裸で滝をくぐるのは、まだいい方だ。彼らは着物をきて滝の裏をくぐりぬけなければならない。これもまだよろしい方だ。針金につかまって、丸太の橋を渡らなければならない。ついに木の根につかまって、よじ登り、岩に手をかけ足をかけて一足ずつ踏みしめ踏みしめよじ登る難嶮にと差しかかってしまったのである。
お握りジイサンはなれているから鼻唄まじりで登って行くが、あとの二人は大変である。まだしも初音サンは元気がよかった。まだ若いのだ。大自然にとけこみ、野性がよみがえったように元気があふれている。しかるに梅玉堂は二十三貫五百のデブである。それでもまだ若
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