夫だけで、
「ボクは考古学研究は辞退しますよ。オ花チャンの招待がありますのでね。ボクが行かない方がお父さんたちもロマンチックでよろしいでしょう」
またしても一夫に裏切られてしまったが、いざ出発の用意となると、お握りのジイサンの注意が厳重をきわめるのである。汚い洋服、キャハン、ワラジ。そんなことを云ったって、用意のないものは仕方がない。
「いいわよ、泥んこになったッて」
「それじゃ、ワラジだけ穿きなさい」
よそから二人の足に合うような古びた地下タビを探しだしてきて、その上に、ワラジをはかせた。地下タビは穴だらけなのだ。初音サンは幸いにもズボンを一着もってきたので、それが役に立ったのである。
用意ができて出発した。昨日来た道、自動車の止ったところまで大迂回して、谷の向う側の頭上へいったん戻ってくるのである。バカバカしい迂回だが、そこまではワラジをはくほどの難路ではない。
足下に断崖があり、目の下に旅館があり、滝が見えた。梅玉堂が叫んだ。
「アッ! 滝壺に人が。ヤ、例の娘だ」
「アハハ。あの娘は滝壺へ用たしに行くだよ」
娘は全裸で滝壺に遊んでいる。用をたしているのかも知れない。夏と
前へ
次へ
全30ページ中20ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング