「キャアッ!」
 と今にも初音サンが重心を失いそうになったとき、トントンと前へのめッて、ちょうど初音サンの後に近づいた梅玉堂が必死に抱きとめた。両側に手スリのようなのはあるが、足場は板が一枚だから、踏み外せば、谷底へズリ落ちてしまう。
「シッカリして下さいよ。相すみません。あなたを殺すところだった。下駄の鼻緒が切れちゃって、よろけたのです。でも、よかった。アア、ビックリした」
「抱きしめて。手を放しちゃダメ。目がまわる。自分で支えられないわ」
「もう大丈夫だから、シッカリして下さい」
「ええ、でも、そう、にわかに元に戻らないわ」
「ジッと目をつぶッてらッしゃい」
「ええ。耳鳴りがしてるのよ」
 初音サンは梅玉堂の手首を汗がにじむほど握りしめていたのである。意識が戻ってきた。後から抱きしめている梅玉堂の体温がしみわたる。云いようもない快感だった。そこでわざと一二分、まだ意識モーローたるフリをした。可愛いい罪悪感。そして、梅玉堂がいとしいような、なんとなく仇《あだ》めいた気持になった。
「もう、いいわ。放してちょうだい」
「ほんとに、大丈夫ですか」
「ありがと。もう、いいのよ」
 初音サ
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