立ちませんよ」
「腹が立つわ。あれは、ほんとにあるのかしら。リオ、何とか、ノル、デル、ノル」
「リオグランデデルノルデ。アメリカとメキシコ国境を流れてる河の名ですよ」
「あら、そうお。アパッチくさい名だと思った。あなたまで変なこと知ってるわね」
八ツ当りであった。一夫は日本一の村の娘にとらわれてしまったらしく、いつまでも戻ってこない。時々、ゲラゲラとバカ笑いの声がきこえてくるのである。初音サンは村童に侮辱をかい、一夫には裏切られ、はじめて梅玉堂に向って何となく心に通うものを感じたようであった。
タソガレになった。ヒグラシが鳴いている。いくつかの滝の音が谷底いっぱいに立ちこめている。
「散歩しましょうよ」
「ハイ。そうしましょう」
宿の下駄がすごかった。昔はたしかに下駄屋の下駄であったらしいが、初代の鼻緒は失われて、ワラ縄の鼻緒である。
「ワラジと下駄のアイノコだなア。歩くうちに切れそうだ」
「気をつけて歩きましょうね」
ところが、あろうことか、吊橋の上で梅玉堂の鼻緒がプッツリ切れたのである。前へのめるのを力をこめて踏みとどまった。二十三貫五百の巨体がよろけたから、吊橋がゆれた。
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