するかだが、怖くても逃げて申告するのが損のやうで気が進まないので、怖いのを我慢の上で一日の仕事をすましてきて素知らぬ顔をしてゐる。
 越後の農村の諺に、女が二人会つて一時間話をすると五臓六腑までさらけて見せてしまふ、といふのがあるさうだが、農村の女は自分達が正直で五臓六腑までさらけて見せたつもりで、本当にさう思ひこんでゐるのだから始末が悪い。女が二人会へば如何にも本音を吐いたやうに真実めかして実は化かし合ふものだ、といふのは我々の方の諺なのだが、万事につけてかういふ風にあべこべで、本人達が自分自身の善良さを信じて疑ふことを知らないのが、何よりの困り物なのである。
 なんでもかでも自分たちは善良で、人をだますことはないと信じてゐる。そのくせ、農村に於ける訴訟事件といへば全国大概似たやうなもので、親友とか縁者から田畑とか金をかりて心安だてに証文を渡さなかつたのをよいことに、借りた覚えはないといつて返却せずもともと自分の物だと主張するやうになつたり、隣りの畑の境界の垣を一寸二寸づつ動かして目に余るひろげ方をして訴訟になるといふ類ひで、親友でも隣人でも隙さへあれば裏切る。証文とか垣根とか具体的
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