土の中からの話
坂口安吾

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)嗷々《ごうごう》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)三|総《ふさ》
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 私は子供のとき新聞紙をまたいで親父に叱られた。尊い人の写真なども載るものだから、と親父の理窟であるが、親父自身さう思ひこんでゐたにしても実際はさうではないので、私の親父は商売が新聞記者なのだから、新聞紙にも自分のいのちを感じてゐたに相違ない。誰しも自分の商売に就てはさうなので、私のやうなだらしのない人間でも原稿用紙だけは身体の一部分のやうに大切にいたはる。先日徹夜して小説を書きあげたら変に心臓がドキドキして息苦しくなつてきたので、書きあげた五十枚ほどの小説を胸にあててみた。夏のことで暑いからふと紙のつめたさを胸に押し当ててみる気持になつただけのことであるが、心臓の上へ小説を押し当ててゐると、私はだらしなくセンチメンタルになつて、なつかしさで全てが一つに溶けてゆくやうな気持になつた。理窟ではないので、自分の仕事の愛情はさういふものだ。尤も書きあげて一週間もたつと、今度は見るのが怖しいやうな気持になり、題名
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