いことがあるよ、隣の三上村の薬王寺では飲みきれないほど酒があるといふことだから借りておいでな。なに、働いて、あとで返せばいいのだから。なるほど、お寺なら慈悲があるから頼めば貸してくれるだらう、と早速でかけてかけあつてみると、よからう、その代り利息は倍にして返すのだよ、と二斗の酒をかしてくれた。
 とどこほりなく婚礼がすんだが、麿の働きでは二斗の酒が返せない。お寺から催促のたびになんとかごまかして年月を経てゐるうちに病気になつて寝こんでしまつた。このへんで医者といへば薬王寺の坊主の薬のやつかいにならねばならぬから女房がでかけて行つて頼みこんで坊さんに往診して貰ふ。坊さんが来てみると、ひどい重病で、とても助かる見込みがない。今日か明日かといふ容態であつた。
「これはとても駄目だ。もう薬をあげたところで、どうなるものでもない。定命は仕方のないものだから、心静かに往生をとげるがよい。それに就ては、お前さんの婚礼に二斗のお酒が貸してあつたが、あれを返さずに死なれては困る。さればといつて、見廻したところお前さんのところにはカタにとるやうな品物もないが、それでは仕方がないから、死んでから牛に生れ変つ
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