げす》下郎と違つてさすが国を司るほどの御方は命の大事の時にも慌てず騒がずかうして物をつかんでいらつしやる、と言つておだてながら皮肉る言葉がつけたしてあるのだ。
 地頭は到るところの土をつかめ、といふのは愛嬌のある表現だが、この国司も愛嬌がある。今昔物語の作者の批判はつまり農民の側からの批判であり諷刺であらうが、農民自身が自分の姿にこれだけの諷刺と愛嬌を添へ得てゐないのが残念だ。地頭は到るところの土をつかめ、といふ精神でしぼりとられては農民も笑つてすますわけに行かないが、地頭の方がかうなら、それに対する農民ももとよりそれに対するだけの土をつかむことを忘れてはゐないので、当然の供出に対する不平だの隠匿米だのといふことはあんまり昔の本に書かれてゐないが、これは昔の本の観点が狂つてゐるからで、今の農村に行はれてゐることが昔なかつた筈はない。
 農民の歴史はたしかに悲惨な歴史で、今日のやうに甘やかされたことはなく、悲しい上にも悲しく虐げられてきたのだが、その代り、つけ上らせればいくらでもつけ上る、なぜなら自己反省がなく、自主的に考へたり責任をとる態度が欠けてゐるからで、つまりはそれが農民の類ひ稀
前へ 次へ
全22ページ中14ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング