釜山へ撤退せしめる、二王子を返してやれ、本格的に和談の交渉をすゝめよとあつて、三成らが訓令をたづさへ兵をまとめて撤退せしめる、例の囲碁事件が起つたのはこの時の話。如水の好戦意慾などには縁のない暗澹たる前線の雰囲気であつた。
明からも形式的な和平使節が日本へ遣はされることになる、このとき秀吉から日本側の要求七ヶ条といふものをだした。
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一、明の王女を皇妃に差出す
一、勘合符貿易を復活する
一、両国の大臣が誓紙を交換する
一、朝鮮へは北部四道を還し南部四道は日本が領有する
一、朝鮮から王子一人と家老を人質にだす
一、生擒《いけどり》の二王子は沈惟敬に添へて返す
一、朝鮮の家老から永代相違あるまじき誓紙を日本へ差出す
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といふのだ。
王女を皇妃に入れるとか人質をだすのは日本の休戦条約の当然な形式で、秀吉は当り前だと思つてゐるが、負けた覚えのない明国が承諾する筈がない、南部四道も多すぎる、といふので、行長は勝手に全羅道と銀二万両といふ要求に作り変へて交渉したが、一寸の土地もやらぬ、一文も出さぬ、と宋応昌に蹴られてしまつた。明側で要求に応じる旨を示したのは貿易復活といふ一条だけだ。
クサることはないですよ、と沈惟敬は行長にさゝやいた。彼はもう外交などゝいふ国際間の交渉が凡そ現状の実際を離れて威儀のみ張つてゐるのにウンザリして、大官だの軍人だの政治家などゝいふ連中の顔は見るのも厭だ、まだしも行長にだけは最も個人的な好意をいだいてゐた。貿易さへ復活すればいゝではないですか、全羅道だの銀二万両などにこだはらなくとも、貿易さへ復活すれば儲けは何倍もある、太閤の最も欲してゐることも貿易復活の一点に相違ないのだから之さへシッカリ握つてをけばあとの条件などはどうならうと構はない、実際問題として之が日本の最大の実利なのだ。あとのことはあなたと私が途中でごまかしてシッポがでたら、私も命はすてる、地獄まであなたにつきあふよ、と言つて、行長を励ました。
そこで内藤如安(小西の一族で狂信的な耶蘇教徒だ)を媾和使節として北京に送る、明国からは更に条件をだして貿易を復活するに就ては、足利義満の前例のやうに、明王の名によつて秀吉を日本国王に封ずる、それに就ては秀吉から明へ朝貢して冊封《さくほう》を請願して許可を受ける、要するに秀吉が降伏して明の臣下と
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