会議がひらかれる。このときだ、隠居はしても如水は常に一言居士、京城に主力を集中、その一日行程の要地に堅陣を構へ、守つて明軍を撃破すべしと主張する。大敵を迎へて主力の一大会戦であるから理の当然、もとより全軍異議なく、軍議一決の如く思はれたとき、小西行長が立つて奇怪な異見を立てはじめた。
行長の意見は傍若無人、軍略の提案ではなく自分一個の独立行動の宣言にすぎないのだつた。諸氏、明軍来るときいて憶したりや、行長の調子は此《かく》の如きものだつた。源平の昔から勝機は常に先制攻撃のたまもの、之が戦争の唯一の鍵といふものだ。自分の兵法に守勢はない、よつて自分は即刻平壌に向つて前進出撃するが、否、平壌のみにとゞまらぬ。独力鴨緑江を越えて明国の首府に攻め入ることも辞さぬであらう。傲然として、四囲の諸将を睥睨した。
然り。行長は平壌まで前進しなければならないのだ。他の誰よりも先頭に立たねばならぬ必要があるからである。朝鮮が和平斡旋を拒絶したから、道は一つ、全軍の先頭にでゝ、直接明の大将と談判しなければならないのだ。
諸将はこのことを知らぬから、行長の決然たる壮語、叱咤、万億の火筒の林も指先で摧《くじ》くが如き壮烈無比なる見幕に驚いた。怒り心頭に発したのは如水。豎子《じゅし》策戦を知らず、徒に壮語を弄して一時の快を何とかなす、然し、つとめて声を和げ、余勢をかつての前進は常に最も容易であるが、遠く敵地に侵入して戦線をひろげ兵力を分散して有力な敵の主力を邀《むか》へることは不利である。諺に「用心は臆病にせよ」とはこのことだ、と説いたけれども、もとより戦略などが問題ではない行長、焦熱地獄も足下にふんまいて進みに進む見幕は微塵も動かぬ。ボンクラ諸将は俄に心中動揺して、成程《なるほど》守る戦争は卑怯だなどゝ行長の尻馬に乗る。大将格の浮田秀家自体がこの動揺に襲はれてしまつたから、軍議は蜂の巣をつゝいた如く湧きかへつて、結局、行長の前進を認めてしまつた。
行長は平壌へ前進する。ほつとくわけにも行かぬから、平壌から京城にかけて俄ごしらへの陣立をつくり諸将が分担布陣したが、延びすぎた戦線、統一を欠く陣構へ。すでに戦争は負である。
如水は全くふてくさつた。怒気満々、病気と称して帰国を願ひでる。許可を得て本国へ引上げたが、今に見よ、行長め、負けてしまへ。果して行長は敗北する、全軍大混乱。ザマを見よ
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