の蹂躙と殺戮が自分を救ふ何の役にも立たないことを見出したばかりであつた。彼は絶望を抑へるために亢奮し、ゴロゴロした屍体の中を歩き廻つて血刀をふりあげながら絶えず号令を叫んでゐた。東莱の府使へ急使を派して、仮道入明に応じなければ釜山同様即刻武力をもつて蹂躙すると脅迫したが、使者のもたらした返事は簡単な拒絶の数言にすぎなかつた。義智はその言葉がよく聞きとれなかつたやうな変な顔でボンヤリしてゐたが、みんな殺すのだと呟いた。急に名状し難い勢ひで崩れた塀の上へ駈け上ると進軍の命令を下してゐた。殺到して東莱城を占領する。つゞいて、水営。つゞいて、梁山。義智の絶望と混乱のうちに飛火のやうに血煙がたち、戦争はまつたく偶発してしまつたのである。
かくなれば、是非もない。道は一つ。行長は決意した。他の誰よりも真ッ先に京城に乗込み、朝鮮王と直談判して仮道入明を強要し、ツヂツマを合せなければならぬ。京城へ。京城へ。行長は走つた。
清正をはじめ待機の諸将はさうとは知らない。行長が功をあせつて彼等をだしぬいたとしか思はなかつた。激怒して上陸、京城めがけて殺到する。統一も連絡もなく各々の道を走つたが、鉄砲を知らぬ朝鮮軍は単に屍体を飛び越すだけの邪魔となつたにすぎなかつた。日本軍は一挙に京城を占領し、朝鮮王は逃亡した。
京城の一番乗は言ふまでもなく行長だつたが、一日遅れた清正は狡猾な策をめぐらし、自分の京城入城を知らせる使者を誰よりも早く名護屋本営へ走らせた。この報告には一番乗とは書き得ないので、たゞ今入城、と書いておいたが、一番早く入城の報告を行ふことによつて太閤に一番乗を思ひこませるためであつた。清正は行長にだしぬかれた怒りと一番乗が最大関心の大事であつたが、行長は一番乗の報告などにかけづらつてはゐられなかつた。
京城に到着、行長は直に密使を朝鮮軍の本営に送つて、仮道入明、否々々、彼は太閤の訓令も待たず、直に明との和平交渉にとりかゝつた。即ち、明との和平を斡旋せよ、単刀直入、朝鮮軍にきりだした。彼は破れかぶれであつた。毒食はゞ皿まで、彼はもう弥縫のための暗躍に厭気がさして、卑屈な自分を呪つたが、所詮弥縫暗躍がまぬがれがたい立場なら、いつそ全てを自分一存のカラクリで仕上げてやれといふ自暴自棄の結論に達してゐた。朝鮮の説得だの、朝鮮風情を相手に小さなツヂツマを合せてゐるのは、もう厭だ。どう
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