ら、情熱と魂を嘲笑してしまふやうな気がする。私は果して書きうるのか。

          ★

 私はそのとき二十七であつた。私は新進作家とよばれ、そのころ、全く、馬鹿げた、良い気な生活に明けくれてゐた。
 当時の文壇は大家中堅クツワをならべ、世は不況のドン底時代で、雑誌の数が少く、原稿料を払ふ雑誌などいくつもないから、新人のでる余地がない。さういふ時代に、ともかく新進作家となつた私は、ところが、生れて三ツほど小説を書いたばかり、私は誘はれて同人雑誌にはいりはしたが、どうせ生涯落伍者だと思つてをり、モリエールだのボルテールだの、そんなものばかり読んでをり、自分で何を書かねばならぬか、文学者たる根柢的な意欲すらなかつた。私はたゞ文章が巧かつたので、先輩諸家に買ひかぶられて、唐突に、新進作家といふことになつてしまつたまでであつた。
 私は同人雑誌に「風博士」といふ小説を書いた。散文のファルスで、私はポオの X'ing Paragraph とか Bon Bon などといふ馬鹿バナシを愛読してゐたから、俺も一つ書いてやらうと思つたまでの話で、かういふ馬鹿バナシはボードレエルの訳したポオの仏訳
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