んであつた。際限もなく私に話しかけるお母さん。けれども、その言葉は、あなたの通訳なしには、私には殆ど分らなかつた。ひどい秋田弁なのだから。
死亡通知は印刷したハガキにすぎなかつたが、矢田チヱといふ、生きてゐるお母さんの名前は私には切なかつた。そして、その印刷した文字には「幸うすく」津世子は死んだと知らせてあつた。「幸うすく」、あなたは、必ずしも、さうは思つてゐないだらうと私は思ふ。人の世の、生きることの、馬鹿々々しさを、あなたは知らぬ筈はない。
けれども、あなたのお母さんは「幸うすく」さう信じてゐるに相違なく、その怒りと咒ひが、一人の私に向けられてゐるやうな気がした。そして、私は泣いた。二三分。一筋か二筋の、うすい涙であつた。そして私が涙の中で考へた唯一のことは、ある暗黒の死の国で、あなたと私の母が話をして、あなたが私の母を自分の母のやうに大事にしてくれてゐる風景であつた。そして、私は、泣いたのだ。
私は、この尤もらしい顔附が切ない。かう書いてしまふと、これだけの尤もらしさになつてしまふ、表現のみじめさが切なく、馬鹿々々しいのだ。さうかと云つて、さうであるまいとすると、私はてんか
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