は変にその言葉を忘れることができない。
 あなたは大人であつたのか。私は? 私は馬鹿々々しいのだ。何よりも、魂と、情熱の尤もらしい顔つきが、せつなく、馬鹿々々しくて仕方がないのだ。その馬鹿らしさは、私以上に、あなたが知つてゐたやうな気がする。そのくせ、あなたは、郵便で送らずに、野口の家へわざ/\原稿をとゞけるやうな芸当ができるのだが、それを女の太々《ふてぶて》しさと云つてよいのだか、悲しさといふのだか、それまでを、馬鹿々々しいと言ひ切る自信が私にはないので、私は尚さら、せつないのだ。
 その頃から、あなたは病臥したらしい。そして、あなたが死んで、ハガキ一枚の通知になるまで、私はあなたが、肺病でねてゐることすら知らなかつた。
 私の母は私とあなたが結婚するものだと思ひこみ信じてゐたが、ぐうたらな私に思ひを残して、死んでゐた。あなたのお母さんは生きてゐたのだ。あなたの死亡通知の中には、生きてゐるアカシの、お母さんの名があつたから。矢田チヱといふ、私は名すら忘れてはゐない。私の母以上に、私たちの結婚をのぞんでゐた筈であつた。私があなたの家で御馳走になり酔つ払ふのを目を細くして喜んでゐるお母さ
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